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――なっ……誰がお嬢ちゃんだって言うのよっ!
半ば飛び退るように男から距離を取る。
それに遅れて、驚いて無意識に手放していた竹刀が爆ぜるような耳を突く音を立てて床に落ちた。
周囲の驚きと物見高い視線が一斉にこちらに向けられたのを感じながら、柚音は男を睨みつけた。
子供扱いされたのも腹立たしいが、からかい半分の男にあっさり背後を取られてしまったことが情けない。
「おいおい、そんなに驚くことないだろう。それにこっちは忠告してやってるのに、何怒ってるんだよ。」
男は悠々と柚音の竹刀を拾い上げると、こちらの反応を面白がるように、にやりと口の端を上げる。
その忠告こそが、特に最後のほうが余計なお世話だ。
思わず声を荒げそうになるが、挑発に乗れば相手の思う壺だ。
腹立たしさを押し殺し、柚音は再び笑みを向ける。
「ご心配ありがとうございます。でも私も隊士の端くれです。素振りで怪我をするようなヘマはしませんよ。」
「そう言われてもなぁ。お嬢ちゃんの細っこい腕で竹刀を振り回されると、こっちは危なっかしくて稽古に集中できないんだよ。いつ手が滑って竹刀が飛んでくるか、わかったもんじゃない。」
男は大げさに肩をすくめ、溜息まじりに首を振った。周囲からは吹き出す音や笑いを堪える声が聞こえた。
挑発とわかっていても、手合せすらしたことがないのに力量を決めつけられて、からかわれるのは我慢できない。
「そう言うなら、稽古相手になってもらえませんか?これならお互いの稽古になって一石二鳥です。」
声に怒りがこもるのを抑えながら男に言う。
「相手してやりたいところだが、俺は女を叩きのめす趣味はねぇからな。お断りさせてもらうぜ。」
女を叩きのめす趣味はない――剣術を始めてから、数えきれないほど投げられた言葉だ。
自分が女であることだけを理由に、まともに取り合おうとしない。
悔しさが込み上げて、思わず俯いてぎりっと唇を噛む。
「じゃあ、俺は夜の巡察に備えないといけないからな。」
床板が軋んで、男が踵を返す気配がした。
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