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「うるさいんじゃ、チビっこが」
チビっこは、まだ弟が赤ちゃんの頃、母がふざけてつけた呼び名だ。
ムードメーカーだったその母も、すでに7年前に他界している。
あたしたちは3人家族。
「もうオレのほうがでかいけえ、チビっこ言うな」
文句を返す浩平を背中に感じながら、あたしは『おとめ』にたっぷり水をやった。
元気になって。
笑って預けられるように。
***
その肥料はあまり効果がないのか、一週間待っても『おとめ』には変わりがなかった。
むしろ、さらにやつれたような気さえした。
観念して父さんに教われと、浩平はうるさい。
でもあたしはひとりで解決したかった。
口数の多い親子関係ではなかったけれど、母を亡くしたかなしみにより、あたしたちは一層強く団結した。
騒がしく軽口を叩き合う姉弟と、無口な父。
いつもそれが自然で、あるのが当たり前だった、家族という絆。
名前が変わるだけでなく、戸籍まで変わる重み。
みんなで過ごした愛着ある土地から離れるという不安。
あたしは、なぜあのとき『おとめ』を手にしたのだろう。
焦る心を抱えながら、あたしはショッピングモールの大きな園芸コーナーで、いつもの店にはない活力剤を購入した。
土に直接挿すタイプだ。
ビンゴだった。
信じられないことに、挿した翌朝から葉の色が青々と変化していたのだ。
効果はまるで魔法のよう。
『おとめ』には、新しくできたまだかわいらしいつぼみが、三つついている。
きゅっと絞った生クリームのような淡いピンクが、強い緑の葉に守られるように、そこにあった。
「ようやったな」
いつの間にか、隣に父が佇んでいた。
「慣れんでしんどいのに、ようやったな」
「……うん」
底知れない達成感と、言いようのない感情が津波のようにどっと押し寄せてくる。
飲み込まれて、あたしは泣きたくなった。
「ウチがおらんようなったら、あとは父さんが育てんといけんけぇね」
父は無言で頷く。
「絶対枯らさんといてね」
また静かに頷いた。
亀と戯れながら、浩平がこっそりあたしたちを見ている。
溢れそうになる涙が零れないように、あたしは大きく空を仰いだ。
雲ひとつない青空が、あたしの未来を両手で迎え入れる。
***END***
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