【第1章】

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   彼女の養父は貿易商を営んでいたが、殆ど゛商社経営゛と言っても過言ではない程、幅広く商品を扱っていた。  自分で直接売買する事もあったが、例えばアラブの油田を買い付け、それを自国の石油会社に売ったり、と、゛貿易商゛と呼ぶには余りに規模の大きな仕事が多かった。  だが、マーフィー氏は゛商社゛として会社を設立する事を頑なに拒んだ。  勿論、部下はいたが両手で足りる程の人数。 「アニス、人間初心を忘れてはいけないんだよ。私が最初にした仕事は、地方の農家から野菜を買い付け、ニューヨークの八百屋さんに売る事だった。その年は異常気象で野菜が中々手に入らなくてね、農家の人は数少ないやっと育った野菜が高く売れた事を喜んでくれていたし、ニューヨークの八百屋さんは並べる商品が入荷出来た事をとても喜んでくれた。会社組織にしてしまったら、商品の作り手や買い手の顔が見えにくくなってしまうだろう? 私はいつもお客様が喜んでくれる顔を見たいんだよ。どちら側の人も本当に嬉しそうだった。私はこの商売を続ける限り、極力自分で足を運んで相手の顔が見えるままでいたいんだ」  まだ幼かったアニスにはその時はよく意味の分からない内容だったが、今では養父の気持ちがよくわかる。  そんな考えの持ち主だったから、盗品や裏取引とは無縁だったが、商売敵の情報を入手するためにある情報屋と契約をしていた。  その流れで、裏社会のブラックリストも流れて来たのだった。 「パパ、これは家には関係ないね」  既にハイスクールに通っていたアニスだが、怪盗Gの情報しか目に入っていなかった。 「そんな事はないよ。確かにトップに載ってる怪盗は我が家には関係ないが、よく見てごらん」  そう言われてリストの他の面々の説明文を見ると、荒々しい手口を取る怪盗も少なくはなかった。 「パパ……怪盗と泥棒って何が違うの? それに……下の方に載ってるのは……強盗って言うんじゃ……」  アニスは率直に疑問をぶつけた。 「得体の知れない盗賊……怪盗の定義はそういうモノだよ。でも……現代の感覚だと、多少なりとも゛義賊゛的なニュアンスが入ってるかな……」 「ふ~ん……」  この時の彼女はまさか近い将来、自分がその゛怪盗゛になるなどとは思いもしていなかった……。      
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