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男の腕の中で彼女は、とてもよく笑った。
無邪気に転げるように笑った。
それで男は別れを切り出すのが辛くなった。
――弱ったな、と思いつつ、窓の外に目をやると、街はもう黄昏だった。
(やっぱり今日は何も言えそうにないな……。)
「今日は、ぼーっとしてる時が多いね?」
彼女の声に男は、どきり――とした。
「そうか?いやあ、もう日暮れなんだなってさ……。おまえといると時間が経つのが早いなって、そんなこと考えてた。」
慌ててそう言って、彼女の頬に唇を押し当てた。
すると。
さっきまで、きゃっきゃと燥いでいた彼女が、色白の横顔を、ふっと翳らせて、ぽつりと言った。
「やさしいね。」
男は、一瞬、ギクリ、とした。
胸の内を見透かされたと思った。
それで、ひどく焦りつつ言う。
「当たり前じゃないか。愛しているからさ。」
彼女は、ふふっ、と小さく笑って、やっぱり、やさしいよ――と言った。
男は、まいったな――と思った。
「ね?」
不意に声がして、男の額や首筋に冷や汗が噴き出る。
「何さ?」
「なんか、飲む?」
そう言って彼女は、にこり、と微笑む。
(なんだ。やっぱり、気づいちゃいないんだ。)
男は、ちょっぴり、ほっとして答える。
「何でもいいさ。おまえと同じでいいよ。」
「じゃ、レモンティーでいいね?」
ドアのノブに手をかけて彼女。
彼女とレモンティーで寛ぐ頃、陽は既に落ちて、代わりに街灯が点り始める。
湯気の向こうで彼女は、やっぱり、よく笑った。
燥ぐ彼女は、14、5の少女のようだった。
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