第一章:登用試験

32/38
前へ
/456ページ
次へ
「ぷはぁ! 生き返ったぁー!」 『折り返し』と書かれた赤い棒の傍ら。アクアは支給されたボトルの水を、泥酔オヤジ張りの豪快さをもって飲み干した。 「よく一気に飲めますね……」  近くの木に寄り掛かりながらその様子を眺めていた濂青の方が、よほど品良く水を飲んでいる。 「んぁ? なんだよレン、あんたの方が疲れてるはずなのに、そんなちびちび飲んでちゃ水分足りなくなるぜ」 「……一気でも、少しずつでも、水は水ですが」  地味なツッコミの声も小さすぎてアクアの耳には届いていない。 「何か言ったか? ま、それにしても、レンが軍人さん家の人で良かったぜ。この試験のヤマ、ドンピシャじゃん」  上機嫌に片手で『グッジョブ』サインを作りつつそう言ったアクアに、濂青は肩を竦<スク>めながらこう返す。 「僕、一家では全然優秀な方じゃないんですよ。セルミラートで女性部隊を率いてる従姉なんかと比べたら、ただの凡人です」  セルミラート、とは北のミルオール大陸にある二つの大国の一つ。そこの部隊長クラスということは、濂青の従姉は相当な実力の持ち主なのだろうと、アクアは推測する。 「ふーん……そっか。身内が出来すぎるってのも、大変だな。でもよ、オレ達凡人同士でここまで来れたんだから、まだまだこれからだって」 「そう思いたいですね」  いつの間にか身の上話に花を咲かせていた二人は、赤い棒を背に出口を目指して一歩一歩進んでいた。 「アクアは、なぜ士官学校に?」  濂青のこの質問から今度は、アクアの方が自らの生い立ちを語る番に。 「義兄貴<アニキ>が通ってたから。大雑把で喋りすぎで適当で部屋はすぐ散らかすけど……何だかんだ言っても義兄貴がいなかったら、今のオレはここにはいねぇ」 「いい家族を持ちましたね」 「よく言われる」  こうして義兄のことを語った時のアクアは一際幸せそうだったから、良い家族なのだということは会って間もない濂青にも容易に想像できたろう。  往路の時とは対照的に会話が続き、このまますぐ出口に着いてしまいそうなくらい、歩みは順調。  試験もこれで終わりだろうかという空気さえ漂い出した。
/456ページ

最初のコメントを投稿しよう!

566人が本棚に入れています
本棚に追加