第一章:登用試験

33/38
前へ
/456ページ
次へ
 が、次の刹那。 「……アクア! 危ないっ!」  アクアは濂青にいきなり右肩を強く押された。体の重心がぐらりと傾き、何か大きな影が自分達の上を掠めていったのを認識する。  俯せに並んだ格好で二人、道の脇に生えた草の上に倒れ込んだ。 「えっ、ちょっ……三戦目か!?」  戦闘の回数は、受験する人によって二回だったり三回だったりするらしい。だから、これが三戦目だと思い、アクアはすぐに体を跳ね起こしたのだ。しかし。 「うぅっ……」 「……レン! 大丈夫か!?」  視界に飛び込んだ赤の色に、思考が止まりかける。傷だ。濂青が背中に傷を負ってしまった。その長さは、ニ十センチには及ぶ。赤い血が濃紺の訓練着に染みて、どす黒い嫌な色を生む。痛々しくて見ていられない。 (早く、治癒の術を使わないと……!) 「ヒールミスト!」  無我夢中で詠唱。淡い水色の魔法陣を広げ、左胸の紋章に引き込んだ魔力を治癒の力に変えていく。  そして治癒を行いながら、すぐにでも逃げ出したいような恐怖に抗い、奇襲を仕掛けてきた相手の正体に視線を合わせた。  巨鳥のようなその翼を広げれば三メートルにはなるだろう。だが嘴<クチバシ>はなく、毛むくじゃらで口がどこにあるのかも分からない。獲物を引き裂くためだけにあるとしか思えない鋭利な爪に、身が慄<フル>えた。  同時におかしい、とも思う。調教されている魔獣なら、鋭い爪を生やしたままにはしておかないし、いきなり襲う訳がない。それどころか、試験官の姿も見えない。  良からぬ予感が頭に浮かんだ時。 「アクア……こいつ、多分野生の魔獣ですね」  口を開いたのは濂青。治癒魔術によりようやく出血が止まり、上半身を起こすことができていた。まだ残る痛みに、顔が歪んでいたが。 「やっぱり、そう思うよな。でもどうしてだ? ちゃんと試験官が見張ってるはずだろ」 「外から紛れ込んだんでしょうか。僕にもわかりません」  不意に毛の下に隠れていた魔獣の口があらわになり、二人に向けて火炎が吹き出される。 「うわぁっ!」  またも草の上を転がり、間一髪で回避。着慣れた訓練着のあちこちに緑の色素が付着するのも、気にしている余裕などない。  何より腰が抜けて、奮い立つ力も、残ってはいなかった。
/456ページ

最初のコメントを投稿しよう!

566人が本棚に入れています
本棚に追加