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ネリアならば彼のことを何か知っているかと思い、アクアは尋ねてみる。
「ネリアさん、あの方知ってますか?」
「う~ん、ごめんなさい。名前までは聞かなかったわ。でも雰囲気で分かる、かなり腕が立ちそうよね」
「はい……すごく強かったです、実際」
結局肝心なことは何も語らず、昔のミルオール文字らしき言語で書かれた一枚の証書だけを残していった謎の傭兵。何だか狐に化かされたような気分にすらなる。
証書に記された場所へ行ったら、何があるというのか。また会えるのだろうか。そもそも信じていいのか……。
胸元にしまっていた証書の端をつまんで考えても、アクアには見当がつかず、取り出すことなく中へ戻す。
「それじゃアクアちゃん、悪いんだけど、私もまだ仕事があるから、ここで失礼するわね」
「あ、はい」
ネリアもその場を後にし、実技試験を終えた二人の受験生は、別の試験官に案内されて早々と試験場の外へ出されることとなった。
その後、念には念をということで濂青は怪我の検査をするため診療所へ行くことになり、その道中でアクアはパートナーに別れを告げた。
宿舎へと向かう中、街は何やら物々しい空気に包まれていた。街角のあちらこちらには武装した兵の姿。立ち寄った武具店で聞いてみると、どうやら試験の間、街中や城の近くでも魔獣が目撃されたらしい。
「離宮の方だ! 急げ!」
また兵士の一団が城の方へと駆けていく。
もし士官登用試験に合格してどこかの軍に入隊したら、こんな風に戦場を東奔西走することになるのだろうか――。
ふと思ったアクアだったが、次の瞬間、なに馬鹿なことを考えているんだと自らを軽蔑した。
第一、試験に受かっていなければ意味がないし、自分には何の力があるわけでもない。ダイアグラス夫妻のような実績や権力も、さっきの傭兵みたいな高い戦闘能力も。
自信を喪失した少女は兵士の一団を一瞥すると、重たい足取りで、黄昏にはまだ早い黄球の街を一人、宿舎へと戻っていった。
この日から全ての歯車が動き出すなどとは、無論、知る由もなく……。
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