第二章:逡巡の途

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 魔獣襲来騒動の影響で、明くる日の港には厳重な警備が敷かれ、風流な華の都・黄球らしからぬ光景がそこにはあった。警備兵の隙間を縫うように、船を見送る人々が桟橋に集まっている。  空は、前日と変わらぬ曇天。風は昨日より弱く、セーグ行きの客船は予定通りの時刻に出発する。  アクアとスピカは船の甲板に並んで立ち、群集の中に見つけたパートナーに手を振る。スピカとタッグを組んだ黄球人女子学生の隣で、濂青は昨日と違う色の訓練着を身につけていた。 「間もなく出港します! ご乗船の方はお急ぎください」  慌ただしく客を誘導する船員の声が、段々とスクリューの回転を上げる船の轟音に掻き消される。  もう暫く眺める事はないであろう景色を、最後にと、記憶に刻みつける。白壁の黄球城も、切り立った山々や、彼方まで続く森、松<パイン>の木々が並んだ波打際。  ぎしりと軋む音とともに渡しが外されると、客船は細かく波を刻みながらゆっくりと舵を切られ、大海原へ。  濂青たちの姿が、白く大きな黄球城が、人で溢れた港が、そして本島が――みるみる小さくなり、やがて目視では見えなくなった。  目の前に見えるのがただ一面の大海だけになると、アクアはほうっと溜め息をついた。長い試験期間だったな……と。 「はぁー、見えなくなっちゃったね」 「そうだな……」  隣のスピカに話しかけられ、一言返事をしたアクアの表情は、試験前とは別人のよう。 「アクア大丈夫~? なんか暗いよ」 「悪いな、昨日の事でちょっと疲れた」 「だよね~。あれはしょうがないよ」  昨晩、エレスリア士官学校の受験生全員が実技試験を終えて宿舎に戻った後に、引率の教官から魔獣襲来騒動について説明があった。  騒動の間、一時的に実技試験は中断。待機中の受験生には野生の魔獣が侵入したとは知らされず、安全が確認された後すぐに再開されたそうだ。なので、中断された間にそんな事があったのかと、スピカも含め順番の遅かった学生達は、ひどく驚いていた。  アクアもスピカには個人的に、昨日の出来事については話していた。『魔獣に襲われ、濂青が怪我をして、強力な術を使う傭兵が助けてくれた』と。
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