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道が薄暗くなってきた夕刻、永井遠命は早足に帰っていた。なぜ早足なのか、と聞かれれば時間が経つにつれて落ちていく太陽に急かされたのかもしれない。
しかし、その理由とはまた別に、彼には不安があった。その不安は、彼の心の中に源泉のように溢れている。
不安の具体的な形が彼の片手には握られていた。明日を生きる為の食料入りビニール袋の方ではなく、就職情報誌がまさにそうである。
就職。それが今の彼の一番の悩みだ。
「時給がいいけど……条件が厳しい。かといって、コッチは……条件はいいけど時給が駄目、か」
こんな考え方は甘い、と自分でも分かっている。自分が求める条件と相手の出す条件が一致することなど、滅多に無いのだ。自分が妥協でもしない限りはこの紙面を飾る就職群の砂山からは、抜け出せない。
第一に、条件に見合うようなアルバイトがあったとしても紙面になんぞ出ては来ない。この情報誌に出て来ている時点で、それは冴えも無ければ輝きもない就職群ばかりなのだ。
しかし、それでも万が一の可能性を信じ、雑誌を覗いて遠命だったが、
「世の中は、不条理だらけだぁあァ!!」
貰った厚めの情報誌を、通算八回目となる台詞と共に、暗さを含む狭いビルの間に、いつものごとく投擲をするハメになった。
今月もだ。
今回もだ。
まるで自分の将来のように真っ暗なビル間に消えていく情報誌を見て嘆息する遠命。ちなみに嘆息はまだ三回目だった。
「ふきゃっ!!?」
暗闇から、猫を叩いたような悲鳴が帰って来た。
遠命にしてみたら、それは初めての事であり。
そして始まりでもあった。
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