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それは遠命が勝手に抱いた想像だった。
自分は攻めないからそちらも攻めないで、などと言った不可侵条約を結んだ訳でもないのに、遠命は自分の逃げの態度と言葉で物事が収まると思っていた。
そんな考え方は甘かった。
落としたビニール袋を遠命が拾おうとした、まさにその時、影にいた者が突然飛び出して来たのだ。
「……え?」
反応した時は、もう遅かった。遠命の腹めがけてかまされた頭突きは、遠命の微妙な反射神経と飛び込んで来た側の身長のせいもあり、狙いより僅かに下へ当たる結果となった。
遠命の中途半端は対応が、相手の突撃を股間へと導いてしまったのである。
痛みと視覚の情報が脳に伝わり終わった頃、
「ぁぁぁぁぃぃあ……!?」
なんとも細く鳴く遠命がそこにはいた。無理もない。体の一部が消えてなくなるような感覚だったのだ。
「せ、せつないっ、なんてせつない痛み……」
口から溢れたのは、まるで初恋に失敗したような言葉だった。
遠命の脳回路が、耐えがたい痛みに焼ききれてしまったのかもしれない。
そして、この瞬間遠命は忘れていた。痛みのせいで、自分が現在襲われているということを。
襲われているという事実は、再び腹を狙う拳撃で思いだすことになる。
高速で動く影。
下から上へえぐるように放たれた拳が、遠命に食い込んだ。
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