サンは知っていた

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「バカヤロウ‼なんでお前が死ななきゃなんないだっ チキショー なぁサン もうすぐ助けがくる。まだだ 逝くな サン」 その犬は荒い息遣いで、主人を見つめている。目には涙を浮かべ、口からはどす黒い血を吐きだしていた。 男は人の目も憚(はばか)らず、泣きながらその犬の顔を摩(さす)り大声を上げていた。 その犬は男の願いも叶わず、ゆっくりと目を閉じた。そして、二度とその目を開けることはなかった。 さかのぼること5年前 男の名前は志垣勇治 年齢は35歳 妻の名前は曜子と言った。彼ら夫婦の間には子供がいなかった。勇治が24歳のときから幾度となく妻と不妊治療を行ったが、その甲斐もなく、奇跡は彼らの元から遠ざかっていった。最後の望みを絶たれた妻 曜子はその日以来あまり笑わなくなった。 そうして、数日経ち 数週間経ち 数ヶ月経ち 数年が過ぎていった。 そんなある日、勇治は珍しく仕事が早く終わったので早引きさせてもらった。帰り道ドライブがてら、近くの河川敷まで車を走らせた。 その河川敷は、勇治がまだ幼かったころ祖父と一緒に散歩をしていた道だった。でも、祖父が亡くなってからは訪れることのない場所になった。 車を河川敷の脇に停め、かつて歩いていたことのある道を観察しながら歩いた。 「ここは変わってないな。魚とかまだいるのかな?」そんな独り言を呟きながら、更に先へ進んだ。すると、河川敷の石畳の上にちょこんと座っている子犬を見つけた。子犬はおそらく雑種で、姿形はどう見ても柴犬だが色は茶色と黒色が混ざっていて、乳牛のような模様を描いていた。 右足だけ黒色が濃く、まるで右足だけ靴下を履いているように見えた。 「クゥーンクゥーン」 多分母親を探しているのだろう。 勇治は辺りを見回したが、母犬 もしくは飼い主らしきものは見当たらなかった。 到底その子犬だけではこの場所に辿り着くことは不可能に近いだろう。
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