サンは知っていた

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早朝何時ものように散歩をするはずだった。だがサンは動こうとしない。どういう理由かは解らないが、サンは自ら散歩を拒否する。たとえ散歩の途中でも落ち着かず家に帰ろうとすることも何度かあった。 今日もそんな気まぐれで出たくないのだろう。少なくとも勇治はそう思っていた。 普通の犬なら一度週間づいてしまうと毎日の散歩は反射的に欠かせなくなるのだがサンに限ってはそういうことはないらしい。 その日は妻 曜子が1泊2日の社員旅行ということで、サンと勇治だけで留守番をすることになった。 勇治は久しぶりの独身生活を味わっていたが、普段家事をしていなかったので、料理さえどう作ったらよいのか解らなかった。 仕方なく、出来合いの弁当でも買いに行こうと、サンを連れて出掛けることにした。普段の散歩のルートと違いスーパーまでは若干距離がある。 だが車で行くほどの道のりでもなかったため散歩がてら歩きはじめた。サンは相変わらず散歩を拒絶していたが、今日は無理矢理連れ出した。 だがそれは大きな間違いだったと後になって気づく。 歩いていると右手に建設中のビルが建ちはじめていた。とくに危険な要素は見受けられなかったのでそのまま進んだ。 その時だった。 「危ない❗」誰かの声が遠くから響いたと同時に何かに押されて、前に迫り出した。 その瞬間「ガシャーン」という何かの金属音がした。何だったんだと振り返ると、分厚い鉄の板が落ちていた。 「ふぅ危ないところだった」と思ったとき、見馴れた犬が下敷きになっているのが視界に入った。「おい まさか 嘘だろ‼」それは勇治をかばったがために自分が逃げ遅れ、鉄の板の下敷きになったサンだった。 周りにいた人たちが、何が起きたのだろうとざわめいていたが、勇治には全く聞こえていなかった。 サンの体の三分の二は鉄の塊の下敷きになっており、体中の骨や内臓は確実に潰されていて、もはや手術をしても助からないだろうことは誰の目にも明白だった。 「バカヤロウ‼なんでお前が死ななきゃなんないだっ チキショー なぁサン もうすぐ助けがくる。まだだ 逝くな サン」 その犬は荒い息遣いで、主人を見つめている。目には涙を浮かべ、口からはどす黒い血を吐きだしていた。 男は人の目も憚(はばか)らず、泣きながらその犬の顔を摩(さす)り大声を上げていた。 その犬は男の願いも叶わず、ゆっくりと目を閉じた。そして、二度とその目を開けることはなかった。
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