♣第一章♣

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歩(あゆむ)は小学2年生の男子で、その当時にしては背が低かったが顔はわりと整っていて可愛らしく髪型はやや短めだった。おそらく笑顔でいればかなり男前だったはずなのだが、実際には少し影があり世間的には暗い少年と映っていたかもしれない。 歩は父親の顔を知らない。何時だったか解らないが、どうして自分には父親がいないのか母親に聞いたことがある。 「お父さんはずっとずっと遠くへ行っちゃって帰っては来ないのよ」と母親は言った。そう言った姿がどことなく寂しく思えた歩はそれ以降、同じ質問を投げかけることはなかった。 後で解った話しだが、自分の母親がまだOLとして働いていた頃 父親と出会ったのだが、父親にはすでに妻子があり、自分の母親とは言わば不倫関係だった。 母親は子供が出来たことを上司である父親に告げた。 だが父親は生まれてくる子供を望んでいる訳ではなかった。 産むと決めていた母親は会社を辞めざる得ない状況になり、そんな間に生まれたのが歩だった。 顔も知らない 話したこともない父親を歩は憎んだこともあった。だが学生の自分に何もできないことも重々承知していた。 歩の母親はよく笑いよく泣く人だった。感受性豊かと言うか自由奔放と言うか、そんな印象が強く残っている。 歩のことは「あーちゃん」と呼んで溺愛していた。 だからと言って、理にかなわないことに関しては、執拗なほど説教を食らった。 そんな母親だったが、日中はほとんど家にいなかった。 自分を産んでくれた後はしばらく休職していたのだが、《父親だったはずの男》からの仕送りだけでは暮らしていけなかったのも事実であったため、新たに働くことを余儀なくされた。 シングルマザーと言うのは日本にも数多く存在する。だが並大抵のことでは子育てと働くことの両立は困難であると言える。 歩の母親も例外ではなく、夜遅くまで仕事をしていた。 母親はいつも自分のことは二の次で、歩が世間的に恥ずかしくない生活を送ってくれればそれでいいとさえ考えていた。 愛情に飢えていた歩にとっては、そういう意味では他の家族が羨ましかったが、土日だけは母親と一緒に居られることが唯一の楽しみだった。 母親は土曜日になると必ずといっていいほど、何処かへ連れていってくれた。 遊園地 水族館 植物園 動物園 テーマパークなど きっとそれは何時も一緒に居てやれない穴埋めだったのかもしれない。
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