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「……あ、そういえば。ちょっと待ってて」
そう言って慌てて立ち上がった先輩は、おもむろに後ろポケットに手を突っ込んだ。
小走りで向かった先には、機械くささを漂わせた自販機。
ぼんやりとその光景を眺めていると、先輩は財布らしきものからお金を取り出しているようで……
次の瞬間小銭を落として慌てて拾っている小さな後姿が目に飛び込んできた。
「ふふっ……」
思わず顔が緩んだ瞬間、無意識のうちに頬を触る。
(私……今、笑った……?)
思わぬ自分の反応に、正直驚きを隠せない。
あんなに泣いていたのに。
あんなに苦しかったのに。
先輩がたった小銭を落としたくらいで、失っていた感情を少し取り戻すことができたのだろうか。
行き道と同じように走って戻ってきた先輩の顔を、私はただ見つめることしかできなかった。
「ひっでー顔。不細工だな」
そう言って二カッと笑う先輩の顔が、凄く胸を締め付ける。
先輩はいつもそうだ。
私の心に、いつだって温かい光を与えてくれる。
凍てついた心を溶かすように。
闇に覆われた空を照らすように。
そっと受け取ったココアはじんとした温もりを与えてくれた。
止まっていたはずの涙が零れそうになって、それをごまかすようににっこりと微笑み返す。
「ありがとうございます、先輩」
目を見開いた先輩は、そっぽを向いてこめかみを掻いた後、乱暴にベンチに腰を下ろした。
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