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「ごめんなさい……」
言い表せないほどの感情を、たった一言にこめるのには随分の時間を要した。
初めて好きになった相手がトシなら、先輩は…………。
「ごめんなさい、先輩。……ごめんなさい」
なんど謝ってみても、この想いが消えることは無い。
「……謝るなよ、大丈夫だから」
優しく頭をなでてくれる先輩に、はじかれるように顔を見上げた。
これだけ傷つけてきたんだもの……。辛い表情を浮かべていると思ってたのに。
視線が絡んだ先輩は、何かに吹っ切れたように柔らかく、柔らかく微笑んでいた。
「いいんだ。気持ちを伝えられただけでも。高科さんは知らないかもしれないけど……ニャン汰を拾ったあの日から、ずっと抱えてきた想いだったから。今こうして正面から想いをぶつけることができて。君が、この想いを受け止めてくれただけで、俺は幸せなんだよ」
――"高科さん"。
聞きなれたはずなのに、先輩の口から零れた言葉は冷たい棘となって、私の心に深く突き刺さった。
「消えないの……トシのことが」
消え入るように呟く。まるで自分の心の中を改めて確認するように。
「消えて欲しくても、消えてくれないの。忘れたいのに。もう、辛くてしょうがないのに」
――なんで?
いつになったらあなたは消えてくれるの?
いつまで私を締め付けるの?
言いようの無い想いは、それだけではなかった。
初めて振る相手が先輩だなんて……。
そう考えるだけで全身の毛穴が一気に開くかのような感覚が身を襲う。
目の前の先輩を見ているときゅうっと胸が締め付けられた。
琥珀色の瞳が、今の自分にはまぶしすぎて。
これ以上高まる鼓動を止めることはできないから。
私のなかに芽吹いた小さな小さな罪悪感は、私の感情と思考を麻痺させていた。
自分は一体、何に対して胸を痛めているのだろう……。
わからないくせに、頬を撫でる先輩の温かな手の温もりに、本当はいつまでも身を任せていたい……なんて。
そんな漠然とした想いを押し殺すために、私は小さく頭を振った。
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