第一章

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 玻璃宮の美しさは世界に名高い。この宮殿を建てたサーレ国初代国王リド一世は、近隣諸国から著名な芸術家や建築家を招き、この壮麗な宮殿を築いた。  宮殿のある首都キリス周辺には古代遺跡が数多く存在し、今では世界中から観光客が集まる。しかし玻璃宮を遠くからしか望めないことを知ると、大半が肩を落とす。結局双眼鏡などで眺めた後、玻璃宮の絵葉書や写真を買って我慢することになる。  そもそも観光客はおろか、国民さえ玻璃宮を間近に見ることは難しい。それは玻璃宮が大きな湖の中心に位置しているからだ。  キリス湖は直径約五キロの真円に近い形をした人造湖で、宮殿は島ではなく浅く作られた湖中央部の湖底に直接建てられている。現在でもこのように巨大な建築物を水中に建てるのは難しい。  しかし玻璃宮が建てられたのは今から八百年も昔、当然建築家や考古学者を始めとする様々な者達が宮殿の調査を希望したが、今まで誰一人として許可されていないという。  王族は子供の頃に宮殿建設当時にリド一世の側近が書き残したとされる非公開文書を学ぶが、内容を口外してはいけないと最後に釘を刺される。しかし人の口に戸は立てられないようで、真実とされる文書の内容と虚構が混ざり合った伝説は広く人々に語り継がれている。そして非公開文書の内容も全てが真実ではないのかも知れない。 「キナ様、そろそろお部屋に戻られませんと暑くなってしまいますよ」  侍女のスクラが耳元でそっとささやくと、サーレ国第一王女キナーラ・ジュノ・サレは寄りかかっていた手摺から体を起こした。  キナーラとは【王位を継承する女性】という意味で身分を表す言葉、そしてジュノ・サレが名前だ。  二人のいる内殿の屋上からはまだ太陽は見えないが、空の色が明るくなり始めていた。  ジュノはスクラに頷いた。 「そうね、部屋に戻りましょうか」  スクラがジュノの隣にぴたりと寄り添うと二人は歩き始めた。  玻璃宮は五つの小殿で構成されている。国王と王妃が住まう北殿、公式な宮中行事が行われる南殿、宗教的な行事を行う東殿と西殿、そして国王の子供達が暮らす内殿だ。各小殿は水中の下層部は一つの建物だが、上層部は数個の高い塔に分かれている。またそれぞれの小殿の間は優美な橋で結ばれていて、真上から見ると国花であるシャラの花のように見える。
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