第一章

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 玻璃宮の全ての小殿の外壁は真っ白なタイルで覆われ、所々に水晶に見立てたガラスが埋め込まれている。昼は太陽光を浴びてきらきらと輝き、夜はタイルに塗られた特殊な釉薬の作用で月光を浴びて幻想的に浮かび上がる。  玻璃宮にはどこにも窓がない。熱帯性気候で一年を通して高温になる空気は、湖の湿気を含み夜でも不快だ。今のようにエアコンによる冷房が普及するまでは、氷で冷やした冷気を建物全体に循環させる旧式の装置があったらしい。  ジュノは王女として内殿の東塔全てを使わせてもらっている。寝室、いくつかの客室、食堂、応接室、浴室、その他数多くある部屋は全てジュノの住居ということになる。  ジュノは寝室につながる居間のソファに腰掛けるとスクラに言った。 「リオを呼んで」  スクラはジュノの前に冷たい緑茶のグラスを置いてから答えた。 「それが、リオはまだ来ていないようです」  スクラの声には諦めがにじんでいた。 「また?もう勤務時間は過ぎてるでしょ?」  玻璃宮では朝一〇時から夕方四時までが公務を行う標準的な時間となっている。その時間帯は秘書のリオがジュノのスケジュール管理や公務の補佐をする。 「侍女を迎えに行かせておりますので、もう少しお待ちを」  スクラはそう言うとジュノが一瞬で空にしたグラスを持って部屋を出て行った。  ジュノは溜息をつくと読みかけの本を手に取り、栞を挟んだページを開いた。そしてペンダント型のルーペを使って読み始めた。  ジュノは生まれた時から目が不自由だ。母方の家系に時々出現する遺伝的な病気だが、治療法はなく一生付き合わなくてはならない。  全く見えないというわけではないので、ジュノは他人に見え方を説明するのをいつも苦労している。何せ視力が良かったことがないので、見え方の違いを説明できない。  でも王女であるジュノに面と向かって質問する者はあまりなく、それが却って誤解を生む結果に繋がることも多い。  本はリオがジュノの誕生日にプレゼントした物で、サーレ国各所に眠るという伝説の財宝について書かれていた。考古学者が書いた物だが、読み物としても面白いのでジュノは退屈せずに読んでいる。  一〇時三○分を過ぎた頃、部屋のドアが吹き飛ぶように開きリオが飛び込んできた。 「遅れて申し訳ありません」
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