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   何と形容すればいいのだろう、この感慨は。  涙はとうに尽き果てた。彼女自身の口から自らの余命を聞かされた日の夜から、嗚咽を上げて毎晩泣いた。だから、僕は今更に悲しみに身悶えることは無い。  だから、これは、きっと、喪失感という物かもしれない。だけど、確信が持てない。こんなのは産まれて以来初めてなのだ。家族が死んだことも、ペットが死んだことも無い。今まで当たり前に隣に居た人が、ある日二度と動かなくなるなんて、想像できるはずもないのだ。  身を乗り出して、彼女の頬を撫でる。それは、いつか――気兼ねなく笑い合っていた或る日に――触れた時よりも、遥かに荒んでいた。過酷な投薬治療は、こんな所も蝕んでいたのか。 「……ごめんな」  何もできなくて。  例え、お前に何ができたんだと訊かれても、僕は何も答えられない。  でも、謝らずにはいられないのだ。 「……ごめんな、ごめんなっ……」  枯れたはずの涙が滴る。  零れ落ちた雫は、彼女の目尻に落ちて、乾いた肌を潤し、彼女自身の涙のように流れ落ちた。  彼女の最期を彩らんと、すっと煌めく月光が伸びて、彼女の横顔を照らす。  僕はその美しさと儚さに、ただ、彼女を力強く抱き締めた。  彼女の宵は、静かに幕を閉じた。  
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