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   それは、ひぐらしが鳴き止んでしばらく後の事だった。  爽やかな太陽の残り香と鼻を衝くアルコール臭が漂う真っ白な部屋に、僕の僅かな息遣いだけが響いて、溶けていく。開け放たれた窓の外は、とっくに暗闇に呑み込まれていて、僕に無情な時間の経過を提示する。  そこには、僕と、丸椅子と、ベッドがあった。つい先程までベッドを取り囲んでいた物々しい機材は気付かない内に大方持ち出されていて、ああ、この部屋はこんなにも広かったのかと否応無しに感慨を抱かせる。彼女はここを嫌いだと言った。奔放な性分には、到底相容れれる相手ではないだろう。  僕はベッドに横たわる彼女の手を握り締めていた。白い蛍光灯は彼女の顔を照らし、流れ込む微風は彼女の前髪を軽く靡かせる。しつこく耳に残響するのは、聴きたくなかった甲高い電子音。  そして、今にも潰されてしまいそうな小さな小さな手は、かつての温度を既に失っていた。  ああ、そうか。  僕は唐突に理解した。  死んだのだ、彼女は。  
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