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その日は平日。
兄8歳。私5歳。
母っ子の小学生と父っ子の幼稚園生。
私達は父を見送った。
父は土木関係の仕事をしているのでいつもの仕事着を着ていたがどこか悲しそうな表情をしていた。
今思えば母がヒステリックに怒っている時に、父はいつもあんな悲しそうな表情をしていた。
兄は母の影に隠れて素知らぬフリ。
私は…父の仕事は朝が早くて普段は寝ている間にそっと仕事に行くのに、皆で見送るなんて…と、何か言葉に出来ない不安を感じていたが、いつもどうり仕事に行って帰って来ると信じていた。
母は、険しい顔で、何も言わない。
靴を履いて父が振り返り、私の頭を撫でた。
「また会いに来る。」
え?
どういう意味だろう?仕事でしょう?晩御飯には帰って来るでしょう?
玄関を開ける父に私は手を振って言った。
「いってらっしゃい」
閉まっていく扉の向こう側、父がもう1度振り返って軽く手を振る。
「バイバイ」
そうして、家族は父を失った。
離婚だって。
当時母は離婚の原因は全て父にあり、母は子供が嫌いだから私だけでも父に渡したかったけれど、これから全額返済まで借金取りに追われる父に親権は無かったのだと、説明された。
まだ今生の別れでは無いが、母は、裁判で決まった親子の面会日を守らなかった。
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