11人が本棚に入れています
本棚に追加
東方亡者行
彼女が迷うことなど、ある筈が無かった。
迷わずは彼女の存在意義であったから。
彼女は強かったから。
「判決を、下します」
そこに慈悲が介在する余地はない。
彼女の絶対の基準に従って、生前の行いに依って、彼らは裁かれる。
贖うべき罪があると判断されれば、死者は地獄へと落とされた。
淡々と、彼女は死者に決定だけを告げる。
己の独断によって他者を裁くという独善。
誰にも、そんな資格はある筈が無いのだ。
しかし彼女は、職種としてそれをこなす。
他者を裁き、運命を決定づける。
そんな高慢を世界は許しはしないし、彼女もそれが当然のように許されるとは思っていなかった。
自分の分を超えた過剰な権力の行使には、当然何らかの方法で帳尻を合わせねばならなかった。
人の罪を裁く為の資格は、己が地獄へと送った者達以上の苦痛を、自分自身が味わうこと。
痛みを知らない者が、人に痛みを強いることなど許されはしなかった。
だから彼女は、日に三度、煮えた鉄を飲み下す。
マトモな精神が、マトモな肉体が耐えられる所業ではなかった。
だが彼女は耐え続ける。
耐え続け、地獄へと死者を送り続ける。
そして地獄へと堕とされた亡者達は、果ての見えぬ地獄の辛苦の中で、彼女への怨嗟を吐き続ける。
延々と。
地獄の辛苦が終りを告げない限り、彼女を糾弾し、貶める声は止むことがない。
常人であれば、まともな妖怪であれば、飲み込まれてしまいそうな程の負の力場が渦を巻く。
目に見える程に禍々しい怨念を受け続けながらなお、日に三度、地獄を超える苦痛を味わいながらも、彼女は人を己の独善で裁き続けた。
最初のコメントを投稿しよう!