信頼

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それにしても、こうして切ってしまったのは失敗だったかもしれない。 これでは治るまで一人で歩けない。 「……やらなきゃよかった」 「当たり前だろ! んなことして良かった訳あるか!」 「良かったわ。跡が消えるまでは。暫く歩けないのが嫌なの」 そう言うと彼は、もう一度溜め息を吐いて。 「……何があったか知らないが、もう少し自分を大切にしようとは思わないのか?」 ……自分を、大切に? そんなこと、考えたことなかった。 私は、特別に畏怖されるか、特別に虐げられるしかなかったから。 「思わないわね。そんな経験、無いもの」 すると彼は、暫時視線を空中にさ迷わせた。 そしてこちらを真っ直ぐに見つめる。 「聞いちゃいけない事かもしれない。でも、聞かせてくれ。過去に、何があったんだ?」 「嫌。答えない」 「っ……悪かった」 私の即答に、悔しげに眉を寄せ顔を背けた。 「何時か話すわ」 気が付けばそんな言葉が口を突いていて。 罪悪感から? ……何故。 何故、罪悪感を感じるの。 「そっか」 けれど私は、嬉しそうに目を細めた彼に、安堵の息を吐いたのだ。 安心、したのだ。 何か、に……。 「必要なもの、あるか?」 「え?」 「買いに行けない、だろ?」 「……特にない」 「ならいいな」 お礼の一言も言わない私に彼は微笑んだ。 意味がわからない。 どうすれば良い。 こんなに真っ直ぐな思いは、受けたこと、無い。 私が戸惑っていることを察したのか、彼はそっと私の頭を撫でた。 「今は、ゆっくり休んだら良いよ。傷が癒えるまでは」 この人は、どうしてこんなに……。 これは、嘘の現実では無いのか。 嘘の彼では無いのか。 この人も、何かを背負っているのだろうか。 他人が気になったことなんて無かった筈なのに。 ……きっと、疲れたせいだ。 「……大丈夫だ。何とかなる。きっと、時間が解決してくれる」 ……眠くなる、声だ。 私がゆっくりと前に倒れると、彼は受け止めてくれた。 私はそのまま、瞳を閉じる。 あたた、かい……。
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