逃亡

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「おいテメエ! 何やってやがる!」 パシン、と小気味良い音が響いた。 痛い。 平手打ち。 「こんな簡単な仕事も出来ねえのかお前は! 一体これで何回目のミスだ!?」 「……すみません」 倒れたまま、動かず、謝る。 「ふざけるな!」 「ぐっ」 脇腹を蹴られた。 痛い。 「感謝しろよ! こんなお前にも手加減してやってるんだ!」 「……すみません」 口先だけで謝る。 この行為も、どれだけ繰り返したろうか。 感情なんて、もう何処かへ消えた。 いや、最初からなかったかもしれない。 「けっ……気持ち悪い奴だ」 監視が振り向いて何処かへ行こうとする。 私はのろのろと起き上がる。 「何やってやがる!」 また聞こえた。 様子を伺うと、少年が疲労で倒れたらしい。 だが、皆見て見ぬふりだ。 口答えなんかしたら、どうなるか分かったもんじゃない。 「うっうっ、うわぁぁぁん! ごめんなさい、ごめんなさい!」 「黙れ!」 何度も何度も蹴られている。 力加減はしているのだろうけど、私よりも酷い仕打ちに見える。 あの子が小さいからだろうか。 「お前も! 何時まで突っ立ってるつもりだ!」 振り向いた看守に怒鳴られた。 私は動かない。 何時からだろう。 こいつらの奴隷に成り下がったのは。 私は、一族きっての天才と言われていた。 一族の血の力を強く強く受け継いでいたから。 時期当主とまで言われていた。 なのに。 何時からだろう。 こうなったのは。 村長が、良い仕事だからと、村ぐるみで雇うからと言われ騙されたのだ。 そして私たちは今、村ぐるみで奴隷にされた。 不意に、殺されるヴィジョンが浮かんだ。 あの子供のように、蹴られて、蹴られて、蹴られて、蹴られて。 だからそんな仕事止めておけと言ったのに。 馬鹿の分際で、この私の言葉を無視するからこうなった。 私は悪くない。 全部、私が止めたのに聞かなかった皆が悪い。 私はただの、哀れな被害者じゃないか。 そう、被害者だ。 監視が近づいて来る。 逃げよう。 私は被害者なのだから。 なんの責任もないのだから。 これ以上こんな愚かな奴らについていてやる必要はない。 留まっている必要はない。 ……死にたく、ない。 失っていた時が、思考が、意思が、帰ってくる。 「早く仕事に付けと言っているだろうが!」 看守の手が、振り上げられる。 私も同時に、手を振り上げる。
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