信頼

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「……やってみるべき?」 何となく、本当に何となく、問い掛けた。 彼は答えずに前を向く。 吹いた風が、柔らかく彼の髪を揺らした。 「そうだな。やってみれば、何か変わるかもしれないな」 何か、変わる……。 視線をハルベルトに移すと、どこか彼に似た真摯な瞳が私を見つめていた。 ――ねぇ、どうして私を?―― そっと心で問い掛けると、ハルベルトはすりよってきた。 少し固いはずの毛並みがふわふわする。 ――……姫―― そして聞こえた一つの単語。 こんなふうに魔物の心を読もうとしたのなんて初めてだ。 だからだろうか、まだうまく読み取れない。 「……よくわからないわ」 こんな単語一つで、人間の感情一つ読めない私に一体どうしろと言うのか。 「何も聞こえないのか?」 「いいえ。姫って、一言だけ」 「それ以上は?」 「無理だわ。きっと慣れてないから……」 「そっか」 頭に何かが触れた。 ぽん、ぽん、と数回軽く叩かれる。 私は瞳を閉じた。 ハルベルトの甘えるような鳴き声が聞こえた。 暖かい。 いや、温かい。 これは……一体何なのだろう。 今まで誰からも感じたことの無いものを、今ここで、いきなり、素性も知らない他人と魔物から感じているのだ。 不可思議。 暫くこのままでいたいような……。 「……よし、行くか?」 少したって、彼の声が聞こえた。 暗く底へ沈みかけていた意識を呼び起こす。 気づくと私は、彼にもたれていたようだ。 膝の上にはハルベルトの頭、そして頭の上には彼の手。 私に声をかけながらも、彼の私の髪を撫でる手の動きは止まらない。 「……この子は」 「流石に連れてはいけないな」 やっぱり、そうか。 ハルベルトは凶暴だ。 そんな魔物を、何かの手続きやらもなしに連れ回すのは不可能だろう。 「そう。ごめん、ね」 そう言ってカリカリと頭を撫でてやれば、片目でこちらを見上げてきた。 そして鼻を私の腹部にこすりつけ、 「あ……」 駆け去って行った。 「またここに来たら、会いに来ような」 私がハルベルトの消えた方を見つめていると、彼がそう言った。 私は小さく頷く。 森の中を、温かな風が一陣、吹き抜けて行った。
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