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「颯さんには話さないつもりなの?」 帰りがけに、律子が私に聞いた。 「うん。話さないよ。話しても颯を苦しめるだけだもん。私とお母様の間に挟まって、辛いだけだと思うの」 「でも……」 律子は何かを言いかけたが、途中でやめた。 「私、律子に嫉妬した。ごめんね」 マフラーを首に巻き付け、私は律子の家をあとにした。 手には奈々葉ちゃんの感触が残っている。 私はその足で離婚届を貰いに役所に向かった。 紙切れ一枚で結婚して、紙切れ一枚で離婚する。 薄い紙切れには、抱えきれない様々な事情が込められている。 颯との思い出は、別れたって消えはしない。 私の心が覚えている限り、それは永遠だ。 いつか颯の中で私のことが薄れていって、 私の声も温もりも思い出せなくなってしまったとしても、 出会って愛し合った事実がある限り、 ずっと消えない。 離婚届けを鞄にしまうと、私は家に向かって歩き出した。 颯と過ごした日々を、 過去にするために。 .
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