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諜報員にしてみればあまりに雑である。
もしかしたら、本当に無知なだけかもしれない。単純に知的好奇心を満たすために質問をしているのかもしれない。
しかし、そう思わせることが彼女の狙いなのかもしれない。
一度疑心暗鬼に陥った思考は中々、正常に動かない。
「すみません」
彼女は唐突に謝った。
「国の事を話してくれだなんて、失礼でした。申し訳ありません」
「い、いえ……」
歯切れ悪く言うしかなかった。治療してくれていたであろう、恩人を疑っていたなど、口が裂けても言えやしない。
それに元々、嘘などは苦手だ。
「それよりも、貴女のお名前は伺っても?」
自分に不利ならば、強引にでも話を返れば良い、という考えは弱者の考えだろうか。
「そうでした!私は一条茉莉(いちじょうまり)。一条家の嫡女です」
恭しく、頭下げるイチジョウ・マリと名乗った女性。疑問に思う所がある。
「イチジョウ家?姓がはじめにくるのですか、珍しいですね」
実際は珍しいどころではない。姓がはじめにくる名など聞いたこともない。俺はどうやら、敵国とまでは言わないが他国に来ているのは確かなようだ。
「そうですか?それを言うならば、失礼ですが私は“とうま・ふおん・しゅばあべん”と言う名は珍しいと思いますよ」
この国ではどうやら、姓が先に来ることが一般的であるようだ。
文化的にも大きく異なる国か。
俺はいったいどこまで遠くに連れてこられ、祖国はどこまで深くこの国に蹂躙されていたのだろうか。
騎士団を一つ預かる身でありながら、そのようなことも知らなかったのか、俺は。
「“とうま”さん?どうかされましたか?」
「あ、いえ。何でもありません」
少し、無防備に居すぎたか。
どのような理由であれ、この国の軍団が祖国に入った事は事実に違いない。つまり、敵国だ。警戒して損など、あるはずがない。
何よりも、俺には情報が一つでも必要だ。
軍人や騎士ではない彼女に情報を聞き出す事は姑息な気もするが、背に腹は変えられない。
一つでも多くの情報を聞き出そう。
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