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きっと忘れない。
秋の澄んだ風にのってやってくる、金木犀のとろとろとした甘いにおい。
二人で歩いた腐葉土の、足裏に伝わる優しいぬくもり。
私は、きっと忘れない。
はらりと落ちた、真っ赤な五葉の楓。
ガラス玉のような瞳で私を見下ろし、西日のあかと私のアカに染まった彼。
人気のない、見渡す限りの赤、紅、あか、アカの世界。
私はきっと忘れない。
けれども、彼は今日のことを忘れてしまうつもりなのだろうか。
やわらかな土に横たわって、一人ぼっちな私は、どこまでもぼんやりとする頭で考える。
あんなに身近にあった金木犀のにおいも、こんなに近くにある土のにおいも、全く感じられなかった。
視界いっぱいで、はらひらと舞い落ちる赤、紅。
夕日のあかと紅葉の赤が艶やかに戯れ、ついつい見入ってしまう。
私は、きっと忘れない。
日がゆっくりと傾いてゆき、紅葉した森と共に私の意識も闇へと沈んでいく。
それでも、きっと忘れない。
例え彼が忘れてしまったとしても、私は、きっと――。
闇色の葉が一枚、私の濡れた頬を掠めた。
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