1546人が本棚に入れています
本棚に追加
玄関の呼び鈴が鳴る。
こんな時間に誰だ? ああ、父さんたちからの宅配便でも届いたのだろうか。たいてい、連絡なしにいきなり送ってくるしな。
「はいよー……」
のっそりと起き上がり、薄暗い廊下を歩いて玄関へ向かう。
玄関にある、ちいさな西向きの窓。そこから入り込んだ夕暮れの光が、あたたかく眩しかったのを覚えている。
ドアを開けると、
「Trick or treat!」
なにやら真っ黒な格好をした、小学生と見える少女が、ちいさな手のひらを差し出していた。
「トリックオアトリート」……。
あ、それだ。
お菓子をもらう合言葉。
じゃあ、お菓子をあげるべきなのか? はじめての出来事に緊張する。
夕陽に照らされた少女は、期待に満ちた眼差しでこちらを見上げている。ちゃんと見ると、びっくりするほど可愛い。
目を瞠っていると、輝くオレンジ色の双眸にじっと見つめられ、その澄んだ瞳に思わず目をそらした。
黒のワンピースに黒いとんがり帽子。少女の衣装はどうやら魔女のものらしい。
魔女の仮装か。
肌や瞳の色なんかがどこか日本人離れしているし、ハーフとかかな。お国の習慣ってやつを守ってるんだろうか。無知ながらにそう解釈する。
(面倒だが……渡さなきゃだよな、お菓子)
ぼんやりと考える俺に、少女は期待に満ち満ちた目を向けている。風が吹き、彼女の長い黒髪が揺れた。そのつややかな髪を見た瞬間、心臓がどくどくと音を立てはじめた。故のようにきれいな黒髪。その毛先が今にもこちらに伸びて、自分を絡めとりそうな気がしてぞっとした。夏の日の凍りつきそうな空気を思い出して鳥肌が立つ。
あとになって思えば、このときの俺は少し、いや相当、病んでいたのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!