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「お菓子をあげるから、目を瞑って」
嘘を吐くと、少女はぱあっと顔を輝かせ、目を閉じた。
素直だなあ。
その無垢さが、純粋さが怖くて。傷つけたいと思ってしまって。
暗く、空虚な衝動に突き動かされるまま。
静かに顔を寄せると、さくらんぼ色の唇にそっと自分の唇を重ねた。
やわらかいな、と思った。けれどなんの感慨もなかった。
心は満たされなかった。
「……!?」
少女がぱっと目を開け、ぐいっと俺を押し退ける。
自分だって『はじめて』のくせに、俺は妙に落ち着いていた。
今度こそ、しっかりと――少女と目があう。かちりと。音をたてるように。
ぞくりとするほど美しく妖しい、夕焼け色の瞳。
視線が逸らせない。相手も逸らさない。
きっとこのとき、噛み合ってはならない歯車が、噛み合ってしまったのだ。
風の音が数秒の静寂を破り、同時に、少女の緋色の瞳が潤み、ゆっくりと悲しみが広がる。
傷ついたようなその顔に、一瞬だけ罪悪感がよぎる。
それは、本当に一瞬だった。
何故なら少女は一瞬の間に、姿を消したのだから。
夕闇に溶けるように消えた、魔女の少女。
非日常の終了。
「……はあ」
白昼夢でも見たのだろうと自己完結し、ドアを閉める。
再びやってきた退屈に、俺はため息をついた。
「にゃあーお」
どこからか、猫の鳴き声が聞こえた。
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