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話しは少し飛ぶが……
武田討伐を終え甲斐・信濃・駿河の三ヶ国をその版図に加えた信長は、武田討伐の報奨として徳川家康に駿河一国を与えた。
家康は織田家の同盟国であるので『与えた』という表現はおかしいと思われるかも知れないが、事実信長が駿河を家康に与えた。
『武田の痕跡はことごとく焼き捨てよ』
信長の命令は苛酷であった。
武田の血縁であれば女子供に至るまで見つけ次第処刑された。
武田に仕えた将士に至っても同じ運命である…。
一方の徳川軍は違った。
家康は武田信玄を崇拝していた節があり後に武田の軍装を真似て全身具足を朱色で統一し、配下の井伊直政にそのまま継承させ
『井伊の赤備え』
と呼ばれる精鋭部隊を作った。
共同軍でありながらも……信長は徹底的に武田を消滅させようとし、家康は徹底的に甲州を取り込もうとした。
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