殺人者と泥棒

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【泥棒】 目の前のドアから現れた男が、突然宙に浮かんだ。 ただ宙に浮かんだのではなく、赤木を目掛けて飛び掛かってきたのだと気付くのにコンマ数秒かかった。 この状況でのコンマ数秒は通常時の何十倍もの長さにあたる。 ――避けられない。 赤木にはそれが感覚的にわかった。 男の体が木から木へと滑空するモモンガのように空を裂き、迫ってくる。男の目は刺すように赤木の目を見ている。 男は赤木の知っている人間だった。 この部屋の主である青木という青年。 青木が何故この場にいるのかはわからないし、青木がいない時間を選んで侵入したにも拘わらず、今その青木に飛び掛かられている事は信じ難かった。 しかし、青木が襲い掛かってきているのは事実だ。 青木が赤木を襲う。 青が赤を襲う。 それは何かの隠喩のようにも思えた。 赤木は腕を前に出し、肘を曲げて防御の体制をとる。 本当は立ち上がって同じ体制をとりたいところだが、そんな暇はない。 赤木の目は青木の方を向きながらも“それ”の存在を忘れていなかった。 赤木の視界の左端にはずっと“それ”がある。 赤木が腰を抜かして驚いた“それ”。 “それ”は宙に浮かぶ青木と、床に座って迎え撃つ赤木を黙って見つめている。 “それ”は青にも赤にも属さない中立の象徴にも見える。 赤木は腕に力を込めた。 一瞬の後、鈍い音と共に腕に痛みが走る。
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