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【泥棒】
――ハッタリが最強の武器だ
銀行強盗などを専門とする仕事仲間がそう言っていたのを赤木は思い出す。
今まさに、赤木はハッタリで相手を制していた。
数秒前、決死の思いで床に転ばせた青木がそのままの体制でこちらを見ている。
赤木の手にはモデルガンが握られている。
今この状況において、それは本物の銃と変わりなかった。視覚的にも、相手に植え付ける恐怖の度合い的にも。
部屋の中では赤木と青木を含め、全ての物が動きを止めていた。
もちろん“それ”も動かない。
「部屋の電気を消したいんだが……」
青木が床に倒れたまま言った。
「電気?」
いきなりの発言に赤木は少しばかり驚き、聞き返す。
「あぁ。電気だ」
「さっき自分でつけたんじゃないか」
「さっきはお前と格闘するつもりだったからだよ。でも、もう勝負はついた」
モデルガンを持つ赤木の手に力が入る。大丈夫、ハッタリはまだ真実のままだ。赤木は自分に言い聞かせる。
ハッタリがハッタリと気付かれない限り赤木の優勢はゆるがない。
「どうして消す必要があるんだ?」
「言わなくてもわかるだろう」
赤木はしばし考える。部屋の隅にある“それ”が嫌でも目に入る。
「そこにある“それ”はあんたがやったんだな?」
「そうだ」
「つまり、あんたはそれを自分のせいにしたくないんだろ? だから今この部屋にあんたがいる事は出来るだけ知られたくないわけだ」
「そうだ」
「それで部屋中の電気を消していたのか」
もう一度「そうだ」と言いつつ、青木は手を上げて抵抗の意志がないのを示しながら起き上がり、そばに置いてあるソファに座った。
「それなのにお前が泥棒に入って来たんだよ。タイミングが悪すぎる。今日だけは泥棒になんか入られたくなかった」
「奇遇だな……」
赤木は部屋の隅に置かれた“それ”いや“死体”を見つめながら言った。
「俺もこんな部屋にだけは泥棒に入りたくなかったよ」
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