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【殺人者】
青木は反撃の機会を窺っていた。
部屋の電気を消すよう頼んだのは、青木がこの部屋にいる事を周りの住人に気付かれないようにする為であったが、暗闇に乗じて攻撃を仕掛けようという思惑もあった。
青木は覚悟を決めていた。
死体を見られたからには、この男を生かしておく訳にはいかない。明確なる殺意を持って男を殺すほかない。
もちろん相手を殺そうとして逆に自分が殺される可能性は大いにある。なにしろ相手は銃を持っているのだから。
殺すか殺されるか。そのどちらかしか青木には残されていなかった。
「早く電気を消してくれ」
青木はもう一度言った。
「こんな特殊なケースは初めてだからどうすればいいのかわからないけどさ、俺はもうあんたには関わりたくないよ」
男は心底困り果てた顔をしていた。
「だから、これはもう置いてく」
男は封筒を床の上に置いた。
青木が箪笥のなかに入れていた20万円入りの封筒だ。
「それに俺はその死体については誰にも何も言わない。だから全部なかった事にしよう。俺は死体を見ていないし、あんたは泥棒に入られていない。俺は今からこの部屋の電気を消して部屋から出る。そして家に帰って、風呂に入って、冷蔵庫の缶ビールを飲んで寝る。いつも通りの1日が終わる。それでいいだろ?」
「嘘つきは泥棒の始まりって言うけど、泥棒は嘘をつかないのか?」
「こんな時に嘘をつくと思うか? それも殺人者さん相手に。俺は今までたくさん盗みを働いてきたけど、人殺しはやった事ないんだ。そして、出来ればそんな物騒な事には関わりたくない。俺は飽くまでも泥棒なんだ。殺人者さんの怒りを買うような事はしない」
「……わかったよ。信じる」
そう答えながらも、青木は信じるつもりなど毛頭なかった。
はぁ、と男は大きな溜息を一つついた。
「じゃあ……消すぞ」
男が左手をスイッチに伸ばす。
青木の瞳が再び色を変える。
黒から黒へ、より深い漆黒へ。
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