オータム・フォール

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どうするべきだろうか? 相川明宏は考える。 娘を探していた男性の顔が脳裏に浮かぶ。 「いや、他にも用事はあるんだけどね」と答えたその顔は、暗かった。 その用事に先ほどの二人組が関わっているのだろう、という事ぐらいは、部外者である相川明宏にも自明だった。 「娘にも手を出す」などと、物騒な事を口にした、熊のような男は、どう見ても優しいクマさんには見えなかった。 路地裏の様子を見に行くべきか、行かざるべきか。 厄介な事には関わらない方が良い、と自分の中の自分が言っている。 「オータムフォールよ」 頭の中から亡くなった彼女の声が聴こえる。 「見に行こうが、行かまいが、どっちだって変わらないわよ」 本当に? 変わらないのか? 「オータムフォール?」 相川明宏は無意識にその呪文を口に出している。 細かい事を言えば、オータムとフォールには、イギリス英語とアメリカ英語の違いがある。 厳密に言えば、路地裏の様子を見に行くか、行かないかで、何らかの違いはある。 だけど、彼女が言いたいのは、そんな事ではないはずだ。 「オータムフォールよ」 また、彼女の声がした。 確かに違いはあるけれど、気にするほどのものじゃない。 彼女が言いたいのは、多分、そういう事だ。 相川明宏は路地裏へ向けて歩き出した。 気にするほどの違いはない。 だったら、見に行くべきだ。 「オータムフォール」 小さな声で、呪文を呟く。
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