オータム・フォール

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「こいつ、さっき大通りでティッシュ配ってた奴じゃねえか」 サングラス男が言った。 やはり、粋がった中学生にしか見えない。 アスファルトに倒れ込んでいた男性がその声に反応し、こちらを見た。 ただでさえ粗末な髪の毛が、更にぐしゃぐしゃになっている。 「あなたは……」 男性が喋りかけた所で、熊男が男性の腹を蹴った。 鈍い音に耳を塞ぎたくなる。 「借りた金も返せねえ奴は黙ってろよ。お前みたいなクズを助けに来てくれるお人好しがいると思うか?」 熊男がもう一度足を振る。再び鈍い音がし、一瞬遅れて男性が呻く。 「なあ、そうだろ兄ちゃん? 間違って迷い込んじまったんだろ。そうなら見逃してやるから、さっさと消えろ」 全てを決めるのは自分だ、と言わんばかりに熊男は言う。 この断定的かつ、相手を見下した物言いで、数々の人間を従わせてきたのだろう。 隣でケラケラと笑うサングラス男が、悪魔のように見える。 どうする? 相川明宏は考える。 彼女の声は聴こえない。 “自分で決めなさいよ”というメッセージなのだろうか? 「もう娘に手を出しちまえばいいんじゃねえか?」 サングラス男が、まるで名案をあげるかのように言った。 「そ、それだけは勘弁してくれ」 「じゃあどうするよ? 内臓でも売るか?」 熊男がスーツの内ポケットから細長い物を取り出す。 男性の顔が恐怖に歪む。 ナイフだ。 「オータムフォール?」 相川明宏はまた、無意識に呪文を呟く。 体が知らぬ間に動き出している。 両脚が熊男との距離を素早く詰め、振り上げられた右拳が熊男の顔面目掛けて飛ぶ。 「へえ、そっちを選ぶんだ」 彼女の声が聴こえた。
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