オータム・フォール

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“ショータイムだ” その台詞を言ったのは熊男だと、最初は思った。 だが、それは違った。 熊男の顔面が、先ほど自分が殴った時と同じように歪んでいる。 熊男が殴られている。 誰に? その台詞を発した人間に。 熊男が尻から倒れ込む。 台詞を発した人間が、相川明宏の後ろに回り込む。 背後に軽い衝撃を感じ、その直後に体が羽交い締めから解放される。 後ろを振り向くと、サングラス男がアスファルトに沈んでいた。 そこでようやく、台詞を発した人間の姿が目に入る。 やませみのような髪型と、すらりと伸びた長い手足。 「助けに来たぜ。ティッシュ配りの兄ちゃん」 通りの向こう側で、三人もの顧客を同時に獲得していた、あの客引きの男だ。 何故ここが? と聞こうとするが、その前に客引きの男が、相川明宏の肩に手を乗せて言う。 「ショータイムだ。ちょっとどいてな」 客引きの男が相川明宏を突き飛ばした。 2、3メートルほど後退した所で、どうにか立ち止まる。 視線を前に戻すと、熊男が既に立ち上がり、客引きの男と睨み合っていた。 サングラス男の方は立ち上がる気配がない。恐らく、気絶している。 たった一撃で人間は気絶するものなのか? と疑問に思うが、現に粋がった中学生のような大人が泡を吹いて地面に倒れているのだから、仕方ない。 男性はまだ「あわわわ……」と、うろたえている。 誰かが止めるまで、永遠に「あわわわ」を繰り返すつもりなのか。 熊男が足元に落ちているナイフを拾いながら、泡を吹いた仲間に視線を向ける。 「てめえ、何者だ?」 顔が少し怯えているのがわかる。 「風俗店の客引きアルバイトをしている24歳、男。身長は185センチで、体重は70キロ。趣味は競馬にパチンコ。好きなアーティストはノエル・ギャラガーだ。よろしく」 一息に言い切った客引きの男からは、相手がナイフを持っているにも拘わらず、自信が満ち溢れている。 「ちなみに独身だけど、おっさん、俺と付き合ってみる?」
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