オータム・フォール

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「あわわわ……」 熊男とサングラス男が意識を失ったにも拘わらず、男性はまだうろたえている。 「おっさん、もう大丈夫だって」 客引きの男が声をかける。 「あの」 ここでようやく、相川明宏は口を開いた。 「どうしてこの場所がわかったんですか?」 先ほどからずっと抱いている疑問だ。 「兄ちゃんがティッシュの入ったかごを持ったまま、脇道に入って行くのが見えたんだよ。それでちょっとおかしいなって思って後を追ったんだ。だって路地裏でティッシュを配る馬鹿はいねえだろ?」 乱れた髪型を気にしながら、客引きの男は続ける。 「脇道に入ってみたら、ビルとビルの隙間の前にティッシュが山ほど入ったかごが置いてあったから、入ってみたってわけ。そしたら、まさに兄ちゃんがナイフで切られそうな所だったから、咄嗟にあの熊みたいな男をぶん殴ったんだよ」 「なるほど」 相川明宏は自分の幸運を噛み締める。少しでも客引きの男の登場が遅れていたら、どうなっていたかわからない。 「それでも、いきなり殴るのはちょっと卑怯だったかな。本当は正々堂々と殴り合いたかったんだけど。まぁ、熊の奴もナイフ使ってきたし、仕方ねえな」 まるで試合内容を振り返る健全なスポーツ選手のように、爽やかに言うものだから、相川明宏は苦笑いをするほかない。 「あの、助けてくれてありがとうございます」 ようやく落ち着きを取り戻した男性が、客引きの男に礼を言う。 相川明宏は内心、自分にも礼を言うべきだろう、と文句を言う。 自分だって無意識にではあるが、あの熊男の顔面を殴ったのだ。少しぐらい誉められてもいいはずだ。 「そうだね、よく頑張ったね」 彼女がからかうように、そう言っている気がした。
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