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「それじゃあ、僕はそろそろ仕事に戻ります」
相川明宏は二人に言った。
「ちょっと待てよ兄ちゃん。もし良かったら、うちで一発やってかねえか」
客引きの男の顧客獲得意欲には脱帽するばかりだ。
やる、というのがどういう意味なのかは、彼の仕事を考えればわかる。
「いえ、遠慮しておきます」
「まぁそう言わずにさ、ここで出会ったのも何かの縁じゃねえか。兄ちゃんなら特別に通常1万5千円のところを1万円ポッキリにまけてやるよ」
「いや、本当に大丈夫ですって。僕、彼女いますし」
天国に。
「堅いなあ。彼女になんてばれやしないのに」
天国からは全部丸見えなんですよ。
「一応、女の子の写真だけでも見てくれよ。好みのタイプがいるかもしれないだろ?」
客引きの男がそう言いながら、ズボンの尻ポケットから折り畳まれたチラシを取り出し、相川明宏の目の前で広げた。
チラシに写る、挑発的なポーズをとった女性達が目に入る。
その中の一人を見てはっとするが、顔には出さない。
「写真なんか見せられても気持ちは変わりませんよ」
「兄ちゃん本当に真面目だな。じゃあ、おっさん。おっさんはどうする?」
「私ですか?」
男性は急に訊ねられて驚いているようだが、その顔からは欲望が零れ落ちている。
「おう、おっさんも1万円にまけてやるよ」
「1万円か。どうしようかなあ?」
男性のにやついた顔に相川明宏は肩を落とす。
自分が助けようとした人間は、こんなに底の浅い人間だったのか。
「やめといた方が良いですよ」
相川明宏は忠告する。
本心からの忠告だ。
やめておいた方があなたの為です。
「何で兄ちゃんがそんな事言うんだよ? おっさんの勝手だろ」
客引きの男が不満そうに言う。
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