エイラⅠ

4/14
前へ
/78ページ
次へ
後方から言い争う声が聞こえた。 この空間に自分以外の人間がいる事にほっとしながら、後ろを振り向く。 「お前が俺を殺したから、こんな所に来てしまったんだ。きっとここはあの世だ」 「うるせえな。あんたが首を絞めてきたのがいけねえんだ。自業自得だろ。それに、言っとくけど俺はまだ死んでない。だからここはあの世じゃない」 殺すだとか首を絞めるだとか、物騒な単語が耳に入ってきたが、相川明宏はそれらとは別のものに気を取られた。 後ろを振り向いたとたん、幾何学的な、象徴的な、神秘的な建造物が目に飛び込んできたのだ。 素材が何なのかはわからないが、真っ白で、巨大な直方体が組み合わさって出来ているその建造物は、モニュメントのように見え、宇宙的な何かを感じさせる。 言い争う二人はそのモニュメントのすぐそばに立っている。幸いな事に、二人の身長は相川明宏と同じスケールだった。 複雑に組み合ったモニュメントをしばらく眺めているうちに、それが不可能立体である事に気が付く。 モニュメントの中心あたりを貫く一本の柱が、不可能立体たる所以だ。 二次元でしか存在しえない図形が、神のいたずらによって三次元の世界で再現されたかのようだ。 モニュメントから少し右手に離れた所には、腕時計がある。 アナログ式の(例にもれず巨大な)腕時計だ。 恐らくこの部屋の主のものだろう。 相川明宏はモニュメントの近くにいる二人の方へ歩き出す。 取り敢えずあの二人と話をしてみるべきだ。そう判断した。 こんな訳のわからない巨大な空間に、何の情報も持たずに一人でいるよりは、同士を手に入れた方がいくらかましだ。 たとえそれが物騒な言葉を口走る連中であっても。 熊のような大男と、粋がった中学生のようなサングラス男の事を思い出す。 娘を想う男性を助けようと、熊男の顔を殴り、風俗店の客引きに助けられた、あの事件はいつの事だったか。 何年も昔の事のようにも、昨日の事のようにも思える。 この訳のわからない空間に自分が存在していると気付いた時以前の出来事が、はっきりと思い出せない。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

736人が本棚に入れています
本棚に追加