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浅田は振り返って歩き出した。
数歩進んで、そういえばと男に訊ねる。
「あんた、ここの家の息子さんのこと知ってるか?」
「……いいえ。浅田警部はお知り合いでしたか?」
「知り合い、とまではいかないが、以前殺人犯の逮捕に協力してもらったことがあってな。
近隣住民の話によると息子さんはこんな風になった時にいなかったらしいんだがな」
「恩義のある息子さんのためにもこの事件は解決したかった、というわけでしょうか」
「まあ、そんなところだ。まだ連絡が取れないっていう話しだしな」
「……」
観絶村は逡巡するように空を見上げ、何かを呟いた。
「――――そうです」
「え? なんだって?」
だが声は風に消されてしまった。
耳を向けるが、彼は柔和な笑顔を向けるのみだ。
「いいえ、なんでも。連絡が取れ次第、あなたに教えるよう部下には手配しておきます」
「そうか。じゃあ、頼んだぞ」
じゃあな、と手を振って浅田は歩き始めた。
去り際に事件を惜しんで一度だけ振り返る。
事件に関われなかった虚しさと、部下を守れたのだろう誇らしさ。
相反する思いを胸に。
「さて、普通の仕事をするか」
垣間見た不可思議なものは置き去りにして、常識の下へと一般人は帰っていった。
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