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だが、そのままではいられない。
第一、姿かたちはそのままであっても、彼女はここにやってきている。
要塞のような、この場所に。
傷一つ負うことなく。
気を抜くことは出来ない。
すっと、小さく深呼吸をする。
気を引き締めて一魔は彼女を見据えた。
「用事とはなんだ。悪いが、僕には君に殺されるような謂れはない」
「どの口がそのようなことを言っているんでしょうね。本当なら今すぐにでも凍え死にさせてられても仕方が無いっていうのに」
不満げに彼女は目を細める。
憎々しげに、というよりは哀れんでいるように。
「こちら側に本来関わらずに済んでいた人がいます」
「何の話だ?」
「本当なら普通に大学生として過ごして、普通に就職して、普通の家庭を築いて、普通に老いて死んでいく。そんな人生を送れるはずだった人がいます」
胸に手を当てる姿は祈りを奉げる修道女のようだった。
ささやかに表情に浮かぶ笑み。
しかし、それはどこか悲しい。
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