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「さぁ柘榴。儂とともにアトマタスを施すのだ」
群衆の中から、一回りしぼんだ老人が一歩前に出た。
老人の名は、柏(かしわ)。街で寺子屋を開いているこの国一の知識人で、唯一の道徳家でもある。よく似た性質のその妻・紅梅(こうばい)は、柘榴が“おばば”と慕う唯一の理解者だった。
柏の潤いのない皮膚に深く刻まれた皺、曲がった腰は既にこの世を生き尽くしたことを物語り、アトマタスを望んで柘榴を誘う。
「お前という存在は一度消えて、新たなものになれ。そうすれば、お前の業(ごう)も消える。真の綾楼の民として生まれ変わるのだ」
哀愁を帯びた瞳は、彼女に最後のモラトリアムを示していた。
そして立ち並ぶ群衆の目は語る。
──その手を取れ。
取らぬなら、命はない──
と。
一筋の風が柘榴の前を通り過ぎ、空気は動きを止めた。
森の木立も囁き声をひそめ、辺りには動物の面影はおろか虫の鳴く音すらない。
静寂に支配された暗闇の中
柘榴の赤い瞳が、ぬらぬらと光った。
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