序章

2/25
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「ハァッ! ハァッ! ハァ……!」 柘榴(ざくろ)は走っていた。 墨を零したような天空に、新月がか細く浮かぶ夜。 荒く乱れた息を凍えた大気に撒き散らし、柘榴は無我夢中で獣道を突き進む。 辺り一面は木々が深く生い茂り、疾走する柘榴の行く手をことごとく遮った。 背の高い雑草やら伸びっぱなしの木の枝は、凶器となって彼女の柔らかい肌に傷をつけてゆく。そして無数に転がる石と、脈々と地を這う木の根は、幾度となくその足をさらった。 だがそれでも、柘榴は走りつづける。 息が切れようとも心臓が潰れようとも、走りつづけなくてはいけない。 この獣道を抜けた山の頂(いただき)には、初めて恋した愛しい男が待っているのだから。 柘榴の背後からは、人々の怒号が山林に響き渡りこだましていた。 「諦めろ! 柘榴。お前はもう逃げられない」 「罪の子のお前が、また禁忌を犯すのか!」
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!