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「ハァッ! ハァッ! ハァ……!」
柘榴(ざくろ)は走っていた。
墨を零したような天空に、新月がか細く浮かぶ夜。
荒く乱れた息を凍えた大気に撒き散らし、柘榴は無我夢中で獣道を突き進む。
辺り一面は木々が深く生い茂り、疾走する柘榴の行く手をことごとく遮った。
背の高い雑草やら伸びっぱなしの木の枝は、凶器となって彼女の柔らかい肌に傷をつけてゆく。そして無数に転がる石と、脈々と地を這う木の根は、幾度となくその足をさらった。
だがそれでも、柘榴は走りつづける。
息が切れようとも心臓が潰れようとも、走りつづけなくてはいけない。
この獣道を抜けた山の頂(いただき)には、初めて恋した愛しい男が待っているのだから。
柘榴の背後からは、人々の怒号が山林に響き渡りこだましていた。
「諦めろ! 柘榴。お前はもう逃げられない」
「罪の子のお前が、また禁忌を犯すのか!」
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