序章

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『可愛い柘榴。大切な柘榴。お前は父さんの宝だ。父さんと母さんの血を分けた、ただ一人の子供』 ひた走る柘榴の脳裏に、幼き頃に亡くした父の言葉が不意に蘇った。 暖かな声色と優しい笑みで柘榴を抱き締めながら、夜毎繰り返されるその呪文。 そして最後には涙を流しながら、こう続くのだ。 『世界でたった独りの子供。僕と彼女の、罪の子……』 幻惑の紫色の国 “綾楼国(りょうろうこく)” 二階建ての建物に斜めの独特な紋様が描かれた白亜の壁が特徴をみせる街並みの国である。 国、といってもこの世界には綾楼国以外の国などはなく、たった一つ、狭い海洋に囲まれた小さな島がこの国だ。 海の彼方に何があるのかは誰も知らないし、航海に出る技術もなかった。 常春の気候は紫の花のみを歓迎し、街の至る所にはラベンダーやライラック、藤、紫陽花などが咲き乱れている。 それらから発するむせかえる程の芳香は、常に街を監獄のように覆っていた。
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