序章

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そして女は落書きの花束を放り投げ、「壱、弐ぃ、さぁん!」と唱える。するとそれは木っ端微塵に砕け散って、赤やら青やら黄色の欠片が辺りを染めた。 「こんなの、いらないわよぉ! ほら、こうすれば綺麗」 一種残酷とも取れる女の言葉を意にも介さず、客席は大いに沸いた。 別の場所では首のないピエロの扮装をした者が、その首を玉代わりに客席の男とキャッチボールをしている。 また別の場所では、ひとりの女が何百人もに分身して、男をからかって遊んでいる。 道端では子供が蛙を鈴なりに宙に浮かび上がらせ、老人は杖で空(くう)を打って巨大な彫刻を岩に掘り出している。 街は常に、楽しげな喧騒で溢れかえっていた。 これらの力は“幻術”という、綾楼国の民に伝わる魔力である。 その力が現実に、物理的な現象としておこっているものなのかすら、彼らにはもう分からない。 ただ、楽しければ良い。 面白可笑しく過ごせれば良い。 それが彼らという人間なのだ。
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