序章

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それは鬼灯の視界に入らないわけでも、存在を無視しているわけでもない。現実に、彼には鈴木の姿が見えないのだ。 柘榴は手鏡を指先で弾いた。 すると鈴木は音もなくその姿を靄に変えて、鏡の中に吸い込まれるように消えていく。 柘榴と鬼灯は鈴木の居なくなった部屋で、何事もなかったかのように他愛もない会話に花を咲かせた。 家に閉じこもりがちな柘榴にとって、たまに訪れてくるようになったこの男と時を過ごすことは、他の何にも代え難い至福である。 その存在に特別な感情を抱くまで、さして時間はかからなかった。 だから気付かない。 爽やかな男の影に見え隠れする、軽薄な下心に。 柘榴は常に孤独であった。 常に餓えていた。 常に欲していた。 人と人の繋がり合う温かさが、恋しくて恋しくて仕方がなかった。
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