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ぶちまけられたペンキ。
ダンっと音を立てて壁に突き立てられる筆。
みるみるうちに真っ白だった壁が、色づいていく。
生きているように発色する、赤や黄色や青。
女の子は必死の形相で、今にも泣きそうな顔で、自分が汚れるのも構わずに、ただ壁に向かっている。
観客は、息をするのも忘れて食い入るように女の子を見つめている。
僕もその一人だった。
絵を齧っている人間として、僕の中に生まれたのは、敗北感だった。
悔しかった。
絶対に僕より年下の女の子が。
折れそうにか細い腕の女の子が。
強い。
そう感じた。
やがて、彼女のパフォーマンスが終了する。
彼女は肩で息をしながら、くるりと観客に向き直り、深く礼をした。
呆気にとられたままの観客の目の前に広がっていたのは、海だった。
どこまでも続くんじゃないかと思わせる壮大さと、
泣きたくなるような切なさと、
優しいキモチにさせる何かが其処にはあった。
海と太陽と人魚。
描いてあるのはそれだけだ。
使い古されたモチーフだ。
だけど、僕はこんな絵を観たことがない。
圧倒されていた。
頭をあげた彼女は、不安そうに周囲を見回した。
パチ、パチ、と僕の隣から拍手の音がした。
みんな呆然としていて、拍手をするのも忘れていた。
僕もその一人だった。
拍手は、トキワのそれを皮切りに、瞬くうちに全体に広がった。
それを見て彼女はやっと安心した顔を見せ、もう一度頭を下げた。
そして、トキワを見て笑いかけた。
とても、とても温かくて切ない目だった。
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