もうひとりの営業マン。

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「……帰る」 あやのは呟くと、傍観者であった涼の腕をとり東屋の方へと突き進む。 「え、え、あの…?」 涼は訳も分からないまま早歩きのあやのに引っ張られていった。 「あやのっち、怒ってる?」 「……と思います」 残された保志沢は瀬名に問う。 助けた筈なのに何故、といった表情だ。 さすがに恋愛経験が無く少々鈍いと言われる瀬名でも、保志沢があやのにとって不愉快な発言をした事は把握出来る。 だが根源の彼はそれ以上に鈍感らしい。 (私が子供だなんて妙な設定にさせられたんだもん。 それにあのシーンは絶対格好良くキメるべきだったと思う…あやのさんも期待してたんじゃ…) 社長相手に叱咤していいものかと、瀬名は必死に言葉を飲み込んだ。 東屋へと戻れば、空き缶やトレーをビニール袋へとまとめ始めていた。 もうお開きの合図だ。 「小池、北川、保志沢に送ってもらえ」 提案したのは星也だ。 星也はバイクの為飲酒はしていなかったが、あいにくヘルメットは自分の分一つしかない。 車で来ていた保志沢が飲んでいたのはノンアルコールビールだったから、二人を送るのは容易い事だ。 「あ、私は近いので歩いて帰ります」 「じゃあ自分が送ります。僕も歩きなんで」 家まで歩いて十五分程度と近場のため瀬名は遠慮するが、立候補した涼と帰るべき雰囲気だ。 最後まで「でも…」と渋るあやのを、小池の家は遠いし夜道は危ないから、と星也が促した。 時計の短針が十を示すと、各自解散の時間だ。 星也のバイクと、保志沢の車に渋々乗ったあやのを駐車場で見送ると、瀬名と涼は歩き出した。
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