馬車のち城

35/71

5171人が本棚に入れています
本棚に追加
/605ページ
「……はぁ」 クラウドが外の街並みを眺めながら思い返すのは千夜のことばかり。 妹が気を利かせて二人きりにさせてくれたというのに草食系男子とでも言おうか、緊張のせいで面白い話の一つも出来ない体たらく。 千夜が話すことにうん、ああ等の相槌を打つことが精一杯の今日の自分の…いや、毎度の自分の不甲斐なさにため息が洩らすのはいつものことだった。 「……千夜」 一目惚れだった。最初に出逢ったのは約三年前。赤髪のギルドの者、まあリックなのだがそれに経験という名目で連れてこられた千夜に出逢った。 今とは違う浴衣姿の彼女の可憐さに目を奪われたのだ。 少し語弊があるとすれば挨拶を交わしたわけでもなく、ただ馬車に乗り他国へ向かうとき郊外で街に入る姿を見ただけなのだが。 それから半年ほど、クエストとして数人で城へとやって来た千夜に、異例も異例で自ら喋りかけ自己紹介もしたのだ。 普通なら王族が下の身分の者に話し掛けなどするわけがなく、ギルドのメンバーは驚きおののいたが千夜はそうはならなかった。 気さくに自分も自己紹介を始め、世間話をし始めるのだから馬鹿なのか器がでかいのか。 ともかく身の危険を感じた他のメンバーが千夜の頭を下げさせ謝らせるというちょっとした騒ぎになってしまったのだ。 それからというもの数ヵ月に一度ほど、ギルドとして、またただの観光として訪れる千夜を見つけ(街の入口の憲兵に連絡をいれることを指示してありで)会っていた。 だがそこに進展の二文字は存在しなかった。 千夜からしてみれば闘える相手でもない、たまに会って喋るだけの友人でしかなく、「友達以上、友達以下」から確変はないのが現実。 そうとは知らぬ王子を不憫に思い、少しばかりと妹が手助けをするも関係の変化はなく…… 「…………はぁ、っ!?」 2度目のため息、しかしその瞬間街から悲鳴が聞こえてくる。 「なんだ……今の悲鳴は一体?」 困惑するクラウドは部屋の入口に向かおうとすると壊れんばかりの勢いで扉が開かれる。 「王子!!街に魔犬が多発しました!!至急避難をし…あ……?ゴフッ!?」 目の前の兵士の腹から飛び出す真紅に染まった槍。 気を失ったのを確認し、ズッと槍が抜かれた所から血が溢れだす。 「は……?え?何が……どうなって……」 「すぐに分かるぜ、お坊っちゃまよ」 背後から聞こえた声を最後に王子の目の前が真っ白になった。
/605ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5171人が本棚に入れています
本棚に追加