馬車のち城

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―――――― 何とか腕を動かそうとするミーシャを片目に仙道は喋りかける。 「いやぁ、あと一歩ってところですまないね。けど僕もこの人にお礼の気持ちをまだ伝えていなくてね、だから少し――――――下がってくれるかな」 目がうっすらと開かれた瞬間、ミーシャの全身に悪寒が走った。握られていた手が離され、焦ったように翔の横まで下がる。 その貼り付けたような笑みの下に潜む言い知れぬ恐怖に、ミーシャは逃げるという選択肢が頭を過った。 その様子を見ながら偽物の笑顔を向けて言う。 「物分かりが良くて助かるよ。さて……」 仙道は魔族のほうへと振り返る。 「テメェ……」 「やあ、まずはありがとうとでも言っておこうかな。君のおかげで僕の傷も少しは癒えたからね」 「やっぱり小細工してやがったのか、舐めた真似してくれるじゃねぇか……」 嵌められた事に怒る魔族、だが護封剣により殴りかかることすらできず、魔族はただ目の前の男を睨みつける。 その表情に仙道はやれやれとでもいう風に呆れたように言う。 「勘違いしないでほしい。僕はあの槍、『ヴェトラ』を君に与えたとき言ったはずじゃないか。あれは持ち手の力を吸い取ることで能力を発揮するものだと……まあ、その姿になった時の吸収量は伝えてなかったけどね。だが君の確認不足が悪い、僕は何も悪くないさ」 「ふざけんじゃねぇ!!」 「やれやれ、事あるごとに叫ばないでくれるかな、耳が痛いじゃないか。それに僕は何時だって真面目さ、だからこの襲撃の依頼主として君の最期を見届けに来たんじゃないか」 自分が主犯だと、敢えて翔たちに聞こえるように声を大きくしそう言うと仙道は魔族へと近づき、唐突に腹部に掌底を放つ。 「ガハッ……!?」 「さて、君はここから不要だから少しの間静かに頼むよ……」 魔族はそのたったの一撃で白目をむき、気を失った。 そして仙道は翔たちのほうを向き何事もなかったように喋りかける。 「やあ、長話になってしまって済まなかったね。そこの獣人族の娘さん、もう邪魔はしないから煮るなり焼くなり好きにするといい」
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